ちょス飯の読書日記

『乳の潮』 石牟礼道子著 筑摩書房 1988年刊 ★★★★★

1972年から86年にかけて、新聞や雑誌に発表した短編エッセイ集。とくに表題作が素晴らしかった。

1973年、マグサイサイ賞を受賞しその帰途立ち寄った、かつてのからゆきさんとの対話。「熊本県知事が渡航費を出すから、70年ぶりに天草に里帰りしないか」、と今はマレーシアの養老院で暮らすスマさん(86歳)に石牟礼は会いに行く。

しかし、彼女は帰りたいと言わなかった。からゆきさんでも、オランダ人と結婚して故郷に錦を飾ったアヤノさん、シベリアで雪中、ロシア人と心中しようとして、凍傷により片耳を溶かしてしまい耳を隠して髪を結っていたお君さん。

親に売られたり、騙されて海外に渡った女たちの物語は、想像を絶する。

山崎朋子がからゆきさんたちのノンフィクションを書き、『サンダカン八番娼館』として映画化されたが、彼女も今年10月31日亡くなった。

 以下に石牟礼文学の源ともいえる箇所を引用する。

138頁より

わたしの風土に居る人びとは、(中略) 文字に縁うすきものたちというよりも、彼ら自身、読まれることを欲している未解読の存在である。そのような存在が、生きてわたしたちの中にあるとすれば、甲骨文の破片を読むように、インカの絵文字を解くように、人びとを読まねばならぬと思う。なぜなら今、われ人共にこの地上は、地中に埋蔵された遺物よりもすさまじい風化に晒されて、生きながら毀たれて(こぼたれて)ゆく世紀に入ったからである。この加速度を感じないとしたら、すれにその人は、時代の悪意に呑みこまれたのであろう。

( )内は私が加筆

 スマさんは、故郷の天草弁を70年経っても話すことが出来た。美しい言葉だった。そして、旅費の足しにしてくれと、五円を石牟礼に渡そうとしたのだという。

 この箇所を読んで、私は涙がこぼれた。

 文字通り身体を張って、家族のために働き送金を続けた女性たち。しかし、故郷に帰ることもなく異国で異教徒となりその墓で眠ることを決めたスマさんのような、人は多かっただろう。送金は、自分の心の支えだったのかもしれない。合掌

 

 蛇足 『サンダカン八番娼館』の映画では、老いてから帰郷を果たしたからゆきさんが歓迎されず、家族から疎まれ、ひとりで淡々と生きている姿が描かれていた。彼女を取材して共に生活する記者に栗原小巻、からゆきさんは若い頃の回想シーンを高橋洋子、老女となった現在を田中絹代が演じていた。

 涙が溢れた。

過酷な状況の中でも、たくましく生き抜いてきた「からゆきさん」がいる。それは女性讃歌でもある。