ちょス飯の読書日記

水俣病の民衆史』 第三巻 ★★★★☆

かつてチッソ水俣工場で、労働争議があった。この本に詳しく、当事者の発言がそのまま掲載されている。

チッソという会社が、植民地支配をしていた朝鮮半島で始まり、終戦後に水俣に移転したこと。そのとき、朝鮮人を差別して働かせていたことが、そのまま踏襲されて現地の漁民や農民を会社で雇い入れるときに、会社内でも身分を差別していたこと。支配層は東大出で固めていたことなどを知った。

しかし、会社のいいなりで差別され、非常に危険な仕事をさせられ、なおかつ安い賃金で使い捨てにされることに怒りを爆発させた、第一組合員は立ち上がった。

この証言の中で、興味深かったのは、労働者だけではなく、家族も一丸となって闘ったことだ。親も子どもも。母ちゃんも。

ピケ小屋では、毎日勉強会と団結の歌を歌い、酒を酌み交わしていたようだ。

 

それでも、第二組合に転び、会社から優遇されたり食料の現物支給を受けたりしたものもいたというが、既に水俣病が発生しており、病気の家族を抱えて転ぶものもいたという。

石牟礼さんの著作だけでは、知られていなかった、チッソで働く人々の当時の様子がこれでわかった。

第二組合員が、会社で寝泊まりしていて、家に帰る時「ぼぼさせてはならん」と第一組合員が家に石礫を投げたりして、安眠を妨げたところなどは、おかしかった。