ちょス飯の読書日記

『魂の秘境から』   石牟礼道子  朝日新聞出版 2019年刊 ★★★★★

既に、何度も聞いた話だが(読んだ話)、繰り返し読んでも飽きない。未だに、水俣には水銀汚染以外にも、チッソが排出してきた猛毒の化学物質が、海水だけではなく、地下水や地面も残留し拡散し続けているという箇所は、暗澹たる思いで読んだ。

章ごとの扉の白黒写真が素晴らしく、アコウの大木の根や、石牟礼さんの枯れ木のような両手、不知火の海など大迫力だった。

 

石牟礼さんは死の病床でも、穏やかで童女のままのお心を持っておられたことがよくわかった。伊藤比呂美氏がお見舞いに持参した「カラスウリ」がだんだん色づいてきたのを見て、思わずがりりと噛んでしまった。あまりの不味さに驚いたらしいが。

石牟礼さんの食欲は最期まであったらしい。明神が鼻の浜辺のカニをバケツに入れて、見舞いに行った水俣病語り部の女性が、そのときのことを回想して、昨年12月の東京自由大学講演で、事実とは違うことが『魂の秘境から』に書いてあって驚いたと発言している。

 しかし、こういうインスピレーションを書くのが作家なのだと納得したという。その箇所を読んで、微笑ましかった。

 

石牟礼道子対談集  魂の言葉を紡ぐ』 

「光になった矢を放つ」序文のような、エッセイがあり、以後は対談の聞き書きである。対談の相手は、野田研一・高橋勤、辺見庸とは二回、季村敏夫・範江。志村ふくみ、原田奈翁雄、リヴィア・モネ、瀬戸内寂聴三國一朗小川紳介、加納美紀代、佐藤登美、森一雨・天田文治。1977年から99年までに、様々な雑誌の依頼で対談したものを編集ている。

 私自身、対談相手のことを一切知らないが、ご自分たちの研究がありその道に秀でたお方たちであろう。石牟礼さんの受け答えは実に、明確。言い切っている。

 近代文明が滅びに向かっていること、日本列島が毒で死にそうだということ。若者たちが異常になってきていること。軍国主義と民主主義の今の世の中がにているということ。

 とくに印象的だったのは、稲の映像を取り続けている監督小川紳介との対談。稲が冷害で枯死しても、必ず生き延びる株があるということだ。その種籾は、強靭で冷夏でも実をつけたもの。品種改良はそういう種籾を採取して、栽培することでできるのだという。

 小川氏の言葉から232ページより

死んでしまうものと生きるものが同じように生きていて、生きるものは、もしかしたら死ぬものがいなければ生きられない、コロッとひっくり返っても立場がくるっと変わっただけなんじゃないかと、と。次の春、生き残った籾が新しい芽をもっていく。すると人間は、それを集中的に育てて、こういう稲ほどいきのびるんだぞ」って。

 他には、よく石牟礼さんが繰り返し書いていることだが、戦時中の代用教員時代の苦悩。とくに、植民地支配していた朝鮮の人々をバカにして、歓迎会の余興に「朝鮮桃太郎」という替え歌を歌って、先生や父兄が大笑いして喜んだという箇所は、何度読んでも、悔しくて悲しい。辛い。仮にも、教育者が、そのように人をバカにして喜ぶとは。 読んでいて辛い。彼女の、16歳当時から死ぬまでずっと消えない苦しみを思った。